2011年2月 9日 (水)

創価学会の母

私の父はいわゆる企業戦士だった。
朝早くから夜遅くまで仕事。
母は育児のことを父に相談したくてもできなかったんだろうな、と思う。

精神不安定になった時に、隣の人に勧められて、母は創価学会に入った。
創価学会に入っていようが入っていまいが、きっと母は不安定な人だったんだと思う。

父はアンチ創価学会だったので、両親はよくケンカしていた。
それがさらに母を不安定にさせていたような気がする。

私たち兄弟はいつの間にか、入会させられていた。
毎日「勤行しなさい、題目あげなさい。」と怒られた。

学会活動が忙しく、母は夜、家をあけることが多くなった。
夕ご飯は作ってくれていたが、小学校4年頃には夕食の食器が洗っていないとキレる母になっていた。
洗濯物を取り込み畳んで、夕食を兄弟の分温め直し、夕食の食器を完璧に洗っていて普通、
何かやっていなかったり、食器が少しでも汚れていたら「何もやってない!」とキレた。

夜、父方の祖母が電話してくる時、母は不在だった。
「主婦が夜中に家をあけて!どこに行ってるの?」と言われたが、本当のことは言ってはいけなかった。

どんどん母は創価学会にはまっていき、財務というお布施をするようになった。
しかもかなりの額である。
私は部活で使うウィンドブレーカーだって買えなかった。お金がないから。
大学受験の際に塾に行くこともできなかった(兄弟で私だけだが)。お金がないから。
大学は私立を受験することはできなかった。お金がないから。
でもお布施はできる、それがやっぱり理解できない。

また、学会活動で疲れた母は、よく私に八つ当たりした。
冷蔵庫からマヨネーズを出そうとしたら、食卓に出ていた、それだけでもキレられた。


私が結婚する時、学会をやめる、と言ったら半狂乱になった。
洗脳されている兄弟は「母親をいじめるな!」と私に言ってきた。
唯一の救いは父。父がいたから、家族と絶縁することは避けられた。

創価学会員の母を持ったことは、私にとって一番の不幸だったと思う。
勝手に忙しくして、勝手にストレスためて、勝手に私をストレスのはけ口にしていたのだから。
しかしながら、頼りどころがなかった母は、宗教がなければ生きてもいけなかったかもしれない。


ちなみに私が創価学会をやめた理由だが、
「宗教は幸せになるためのものなのに、いつももめる原因になっている。
 ケンカの原因になるのであれば、私はいらない。」
ということである。
母曰く、
「創価学会のことでケンカするのは、それ以上の大きなケンカをしないためなんだ。」
と。

現在、創価学会から離れて、旦那と子どもと過ごしているが、
もめることはほとんど無く、平穏な日々を過ごしている。
実家ではホッとすることはなかったが(いつも母がイライラしてるので)、
自分の家庭は本当に安心する。
そういう家庭が作れなかった母、やはり可愛そうなのかもしれない。

2011年2月 8日 (火)

毒親からの脱出のために・・・

ブログを書き始めた理由、
それは毒親からの呪縛を解きたかったから。

うちの母は女王様だった。
子どもには人権はなかった。私は親の所有物だった。
罪悪感を感じるように教育され、私は自由にお金を使うこと、
幸せになることに罪悪感を感じていた。

以前、離婚した時、なんだかがんじがらめになっていた、
鎖がとれて自由になった気がした。
その時、母の呪縛に気づいたのだ。
しかしながら洗脳はなかなか解けない。

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